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2011年12月号・2012年1月号 − No.621
目次
  クリスマスの神秘と芸術   家族から受け継ぐ「信仰の遺産」   『 マザー・テレサのことば 』
2011年教勢調査   11月と12月の宣教司牧評議会から   クリスマスバザー(写真)
主日についてあらためて考える   『主の日・家庭の日』   サモアのクリスマス
ジンバブエ文化に根ざしたクリスマス  ルーマニアのクリスマス  七五三祝福式(写真)
サントニーニョ(幼子イエス)のお祝い  成人という大きな節目を振り返って
   歌いつづけて67年 聖チェチリア聖歌隊   神様のために仕事をしたい
「私には日本に居場所はないのでしょうか」   「ECO・Capを集めよう遊子(ゆうし)」から
 

クリスマスの神秘と芸術


Dan Lerma M.D.

 キリスト教では、クリスマスの神秘、十字架の神秘、復活の神秘は最も大切なこととされ、祝日になっています。そして昔からそれぞれが芸術の形で表現され、それは教会だけでなく、美術館でも鑑賞され、コンサートホールで聴かれ、劇場で上演されるように、さまざまな方法で人々は信仰を表してきました。

 なかでもクリスマスの神秘は特別です。クリスマスの美しさと喜び、どちらかというと民衆的な味があって、家族、とりわけ素直な子どもたちが主役です。

 さらにクリスマスの絵画を見ると、画家たちは当時の世界をそのまま描こうとするのではなく、その神秘を自分の世界に引き寄せてから、衣装や建築、民族さえもクリスマスの神秘に当てはめていくことが多いようです。
 例えば、日本のクリスマスカードでは着物姿のマリア様が赤ちゃんを抱いています。アフリカやヨーロッパ、アジアなどでもそれぞれの国の特徴が出ています。
 また絵画の中のクリスマスの光は何ともいえない光で、生まれたばかりの赤ちゃんから出てきています。その光によって周りの人々を照らし、そして小さな者、心の貧しい者、弱い者を祝福します。

 音楽の世界でも同じことが言えると思います。12月になるとあちらこちらから、ヘンデルの 『メサイア』 のハレルヤコーラスが聞こえてきます。でも聖夜には単純なクリスマスキャロルが相応しく、道端に立ち赤いマフラーして歌うキャロリングは、きわめて民衆的です。

 また降誕劇もアシジのフランシスコの時代に始まり、教会や学校で毎年行われ、子どもたちに人気があります。子どもたちがマリア様やヨセフ様、天使、東方三博士、羊飼いなどを演じることによって喜びと信仰を告白するのです。

 そしてクリスマスに共通している最も美しい特徴は沈黙です。マリア様は一言も発せず、ヨセフ様もそばで見ているだけ、羊飼いたちも何もしゃべらず喜びのうちに帰る。言うまでもなく牛やロバもしゃべりません。このような情景の中心になっているのが「肉になったみことば」です。そのことばは私たちの心の中に強く響く沈黙です。
 聞こえてくるのは天使の声だけ、天使の歌はグロリア「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」。これこそクリスマスの最も美しい表現です。私たちをはるかに超越する神秘です。それを喜びのうちに沈黙で私たちの心の中で受け入れましょう。

 ヨハネ福音書では次のようにクリスマスを表しています。
 「ことばは肉となって、私たちの間に宿られた。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」(ヨハネ1・14)。 


サトゥルニーノ・オチョア S.J.  



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家族から受け継ぐ「信仰の遺産」

 「知恵を求めて早起きする人は、苦労せずに自宅の門前で待っている知恵に出会う。知恵に思いをはせることは、最も賢いこと、知恵を思って目を覚ましていれば、心配もすぐ消える(知恵の書6・14〜15)のこの箇所を読むとき、私は祖母を思い出します。母の出産時に手伝いに来てくれた母方の祖母です。我が家は子どもが多い、伝統的なカトリックの家庭で、出産時の手伝いに来てくれる祖母にとって、上の子どもたちのしつけは大切な役目でした。
 おばあちゃんの滞在は、小学生になっていた私を含めて上の子どもたちには“試練”でした。おばあちゃんは信仰深く、非常に信心業に熱心でした。そして、しつけには厳しかったのです。夜になったら、夕の祈り(家族で夕食前30分のロザリオの祈りをしていたのです)を大きな声で唱えること。朝早く起きて祈ってから、シャワーを浴びて勉強することなどを厳しくしつけられました。その祖母がよく口にしていたのが「知恵の書6章・14節」です。

 祖母が我が家に滞在していた時期は、子どもだった私にとって「試練の時」でしたが、同時におばあちゃんを囲んでの子どもたちの楽しい時間でもありました。おばあちゃんはおみやげを持ってきてくれましたし、帰るときには必ずおこづかいをくれました。結局、おばあちゃんがいなくなると、寂しく感じたものです。そして、今となってはおばあちゃんがいてくれてよかったなとつくづく思うのです。人生の先輩である祖母が教えてくれた知恵のおかげで、わが人生に苦労がなかったというのではありません。しかし、祖母が伝えてくれた「信仰の遺産」が、自分の中に脈々と流れていることは確かです。

祖母が信仰の遺産として教えてくれた祈り方や信仰の工夫(信心業)は、私の人生に大きな影響を与えています。さらに、「すべてにおいて神を見、いのちは永遠であるという最も賢いこと(知恵)を大切にして生きるように」と教えてくれたのも祖母です。
 個人の自由が大切にされる現代社会では信仰は個人の神体験に基づくものだと理解される傾向が強いのですが、それには親から子どもへ、共同体から共同体へと受け継がれる「信仰の遺産」ともいうべき側面もあるのではないかと思います。

 信仰が受け継がれる第一の場である家庭では直接関係を持つ親の役割が大きいのですが、ワンクッションをおいた人間関係(祖父母、従兄弟)の役割も大きいのではないかと思います。私の司祭姿を一番楽しみにしていた人の一人が祖母であることは確かです。私がおばあちゃんから受け継いだ「信仰の遺産」は、(キリスト教の教えというよりは)信仰者として生きる姿勢です。それは私にとってかけがえのない宝です。人生で何を信じて生きればいいのかわからなくて悩んでいるたくさんの人に出会います。その人達は「心が空っぽな人」に見えます。親から遺伝子と栄養はたっぷりもらって、からだは成長しているけれども、心の頼りになる「心の遺産」に欠けているようなものです。信仰は一番信頼している家族から受け継ぐ大切な宝なのではないでしょうか。

アガスティン・サリ S.J.  

上智大学神学部准教授  

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『 マザー・テレサのことば 』

『マザー・テレサ日々のことば』 P312 (女子パウロ会)

クリスマスの日、
私たちは、
か弱く、貧しく、
幼い乳飲み子としてのイエス様を見ます。
彼は、愛し、愛されるために来られました。
私たちは今日の世界で、どのようにして
イエス様を愛することができるのでしょうか?
私の夫に、私の妻に、
私の子どもたちに、
私の兄弟や姉妹に、
私の周りの人たちに、
そして貧しい人たちの中におられるイエス様を、
愛することによってできるのです。
さあ、ベツレヘムの
貧しい【飼か】い【葉桶ばおけ】の周りに集いましょう。
そして、私たちが日々出会う
すべての人の中におられるイエス様を
愛することを固く決心しましょう。

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2011年教勢調査

 
ミサ 性別 聖体拝領を
受けた人数
祝福を
受けた人数
聖体拝領も祝福も
受けなかった人

10月1日(土)
18:00
主聖堂
日本語

101

25

11

137

295

20

9

324

合計

396

45

20

461

10月2日(日)
7:00
主聖堂
日本語

44

3

5

52

73

4

7

84

合計

117

7

12

136

10月2日(日)
8:30
主聖堂
日本語

111

10

7

128

242

8

7

257

合計

353

18

14

385

10月2日(日)
10:00
マリア聖堂
ベトナム語

47

35

21

103

89

34

12

135

合計

136

69

33

238

10月2日(日)
10:00
主聖堂
日本語

169

14

19

202

464

41

27

532

合計

633

55

46

734

10月2日(日)
12:00
主聖堂
英語

314

42

129

485

512

77

208

797

合計

826

119

337

1,282

10月2日(日)
12:30
サビエル聖堂
ポルトガル語

7

1

4

12

12

3

4

19

合計

19

4

8

31

10月2日(日)
13:30
主聖堂
スペイン語

28

1

24

53

67

7

15

89

合計

95

8

39

142

10月2日(日)
16:00
サビエル聖堂
インドネシア語

16

2

19

37

19

6

26

51

合計

35

8

45

88

10月2日(日)
16:00
マリア聖堂
ポーランド語

10

1

12

23

30

3

13

46

合計

40

4

25

69

10月2日(日)
18:00
主聖堂
日本語

98

19

6

123

190

18

14

222

合計

288

37

20

345

主日のミサ合計

945

153

257

1,355

1,993

221

342

2,556

合計

2,938

374

599

3,911


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11月と12月の宣教司牧評議会から

● 教会黙想会の報告と課題
  11月23日(祝)当日の参加者は約300人でした。ブラジルから一時帰国中の指導司祭・堀江節郎神父の、宣教師としてのまなざしで語られ た講話はとても感動的であったと、多くの方々から感想を頂いた。
  今後の課題として、午前から午後の最後のミサまで続く教会黙想会の妨げにならないように、通常の12時のミサを当日はマリア聖堂に移して はどうか、また、30代、40代のもっと若い年代の信徒も参加しやすい時間帯を設けてみてはなど,もっと多くの方々に参加していただけるよう各種提案が出てるので、今後検討する。

● クリスマスバザーの準備と結果
  今回の新たな試みとして、呼びかけで集まった有志の協力のもと、クリスマスバザー実行委員会を結成し、準備からバザー当日までの過程をスムーズに行うことができた。

 当日の売上げは、2,269,333円でした。
バチカン大使館を通じて司教区に送り、「ソマリアの子どもたち」への支援に当てられます。

● 2012年度教会テーマの決定
「『主の日・家庭の日共に集い、共に喜ぶ
 信徒にとって日曜日は神様と家庭のためにあり、それがいかに大切な日であるか、教会全体で考え、分かち合い、実行する年にしたい。 

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クリスマスバザー(写真)

ー 11月27日(日) −

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主日についてあらためて考える


在籍信徒 ミサにあずかった人(教勢調査の日)
2001 10,972 4,212
2002 11,508 4,299
2003 12,012 4,171
2004 12,382 3,236
2005 12,847 4,222
2006 13,205 3,735
2007 13,558 3,971
2008 13,966 4,160
2009 14,382 4,116
2010 14,677 4,326
2011 - 3,911

*2009年は2回教勢調査があったため、平均値です。

 上記は、この前の教勢調査と最初の10年間の信徒数とミサにあずかる人の動きを示す表です。 一番目立つことは、帰天と転出の方を引いても毎年転入者と新受洗者によって400〜500人位 ずつ増えていますが、ミサの参加者はそれほど変化していません。むしろパーセンテージでみ ると、かなり減っているということになります。
 また4000人位がミサに参加することはとてもいいと思われますが、その数字の中に、小教区 に登録されていない約1300人の外国人、他の東京小教区から来る250人位の人、また100人位の 他の教区からの人、それと250人位の信者ではない人を考えると、小教区に登録されている信 者が2200人位になります(2009年2回の教勢調査参照による)。

 その原因を突きとめるのは簡単ではありませんが、次のことが言えると思います。

 @ 洗礼を受ける方が、東京を中心として埼玉・千葉・神奈川の関東地域にちらばっていて、だんだん日曜日に出にくくなること。
 A 洗礼前の準備が短く、求道中の計画も充分でなく、教会生活に慣れずに他の信者との交わりも少ないという原因が考えられます。
 B 信者の皆さんが現代社会での忙しさにとらわれて、日曜日に出られる余裕がなくなっていることもあるでしょう。

 その他の理由も考えられますが、それを検証して、信者として日曜[の位置づけをもう一度考える必要があるのではないでしょうか。

主任司祭 ドメニコ・ヴィタリ S.J.  


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『主の日・家庭の日』

ー 共に集い、共に喜ぶ日曜日 ー

2012年度教会テーマ


 昨年度は「子ども年」、今年度は「家庭年」として私たちは過ごしてきました。テーマを設 けることによって、子どものことを大切にしようと考えたり、教会をひとつの家庭とみたり、 家族と教会の関係を振り返ってみたりと、信徒それぞれがそれなりの意識を持つようになった と思います。
 そこで今年度は、「家庭年」をさらに発展させ、日曜日に教会に集い、共に喜ぶという教 会ファミリーとして、もう一度、日曜日を主の日、つまり「神様に心を向ける日」にしていきたいのです。大人も子どもも一緒にミサに与って、その姿を神様に示しましょう。それによって、私たちのすべての生活のなかで神様を優先し、そのみ心を行うことができるのです。

 教勢調査の結果を見ると、洗礼を受けて信徒になる人は毎年400〜500人ずつ増えているのに、教会に来てミサを与る人は4000人を切る年もあり、あまり増えていません。
 皆さんがもっと教会に来るようになって、共に交わり、主の日にお互いに喜びあえる年にし たいと思います。

 このテーマを実行するにあたり、今後具体的な計画が出されますが、とりあえず次のことが 決まりました。

 @ 6月3目(口)は教会祭でなく、その日は「献堂記念日」のミサを大切にし、同時に年一度のバザーも行う。
 A 金婚式・銀婚式のお祝いを来年度は9月23日に行う。
 B 教会祭は来年度は10月21日に行い、内容についてはさらに検討していく。

宣教司牧評議会  



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サモアのクリスマス


 まず、私の国のことに関してお話できることに感謝申し上げます。
 私の生まれ育った西サモア国〔1〕では、クリスマスは1年のうちで喜びに満ち溢れ、かつ最もエキサイティングな時です。ミサで祈りをささげることを最も大事な事と考え、我々家族は早朝のミサをささげることによってクリスマスを迎える心の準備をします。
 日本では年末に大掃除をしますが、サモアではクリスマスの前に大掃除をします。家や庭をきれいにするだけではなく、心もきれいにしてクリスマスを迎えます。
 イブのミサの前に母は毎年、私たちが大好きなおいしいカスタードクリームたっぷりのプディングを作ってくれました。父は何時間もかけてサモアの伝統料理である「ウム」〔2〕を作ります。

 イブのミサから帰ると15人家族が大きな屋根の家に集まり楽しく食事をします。町ではいたるところからクリスマスソングが流れ、どこかの家で焼いているバーベキューのにおいがただよいます。大人たちは男女ともどもビール〔3〕を片手にしゃべったり歌ったりと、イブミサが終わるとともに町〔4〕はにぎやかな歓声につつまれます。
 日本では考えられないでしょうが、クリスマスには刑務所〔5〕に住んでいる人たちも正月明けまで家に帰ることが許されます。

  私にとって母国のクリスマスはいつまでもいつまでも心に焼きついている素晴らしい思い出です。

マリアコレティ絹田  


〔1〕 『 西サモア 』 南太平洋のほぼ中心に位置する人口約16万人の独立国家。房総半島ほどの面積の島2つといくつかの小島からなる。国民の90%以上がキリスト教徒。25年前某大手広告代理店の辣腕プロデューサーが「こここそ地上最後の楽園!」とほれ込み、糸井重里、赤塚不二夫、浅井愼平、浅利慶太等を引き連れて来させ、それぞれの分野で好きにイメージさせ、当時日本に「トロピカルブーム」をまきおこした。

〔2〕 『 ウム 』 一抱えもある石をいくつも火で熱し、バナナの葉で包んだチキン、魚、豚肉、タロイモ等をその上にのせ、更に幾十もバナナの葉を重ねて何時間もかけて蒸し焼きにする労力をかける男の料理。おいしいが塩味だけなのが少し寂しい。醤油がほしいと切に思う時でもある。

〔3〕 『 ビール 』 バイリマビールが有名。サモアのプロラグビーチームの公式スポンサー。サモアに来たドイツ人のビール技術者がサモアの嗜好を調査してつくった。
アルコール度約4%の日本ビールより2%高い6%、アルコール度が高いためオンザロックで飲むサモア在住の日本人もいる。暑い国にビールやジントニックは何よりのご馳走。サモアの思い出はビールの思い出という日本人もいる。

〔4〕 『 町 』 首都はアピア。唯一町らしい喧騒がただよう。町から遠く離れた村に行くとまだ電気もひかれていない地域がある。そのような村ではビールを冷やすすべもないので、クリスマスは夜通し騒ぐこともなく実に清潔感あふれる。ウイスキーは好まない国柄。

〔5〕 『 刑務所 』 凶悪犯はサモアにはいない。毎週末には家に帰れる。逃亡したとの話は聞いたことがない。実に平和な国。ただし最近外国からドラッグが流れてきているとのうわさも耳に。本当であれば実に由々しきこと。

注釈: 絹田 洋)  

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ジンバブエ文化に根ざしたクリスマス


 ジンバブエでは、クリスマスは一年のうちでもっとも広く期待されているお祝いです。年令、性別、 そして宗教・宗派を越えて集い、クリスマスを通して人は生まれ、成長し、世代をつなげていくので す。
 クリスマスにはよく知られているように、イルミネーションで道路を飾り、商店はきらびやかな装 飾で様変わりをして、国中の様子が変わってしまいます。各家々は内も外も飾りをし、10月の半ばに シーズンが始まると、テレビの広告はすべてクリスマスー色になり、いかに商品を売り込むかに熱中 します。もちろんこれらの宣伝は、孤児やホームレス、病気の人々などへの慈善事業を広める役割も 果たしています。有名な政治家(大統領、市長、そして議員たちなど)でさえも、この季節には寄付 をします。
 小さな子どもたちにとってクリスマスは、新しい洋服を買ってもらうときです。

これはクリスマス の本質からはかけ離れていることのようですが、クリスマスを新しい服装で祝うことは、私たちの文 化なのです。親が新しい服を買うことができなければ、家で手作りをします。そして、お酒とごちそ うを囲み、家族、親戚、友達、みんな集まってクリスマスを祝います。

 平和のプリンスであるイエス様の誕生を祝うのですから、多数ではなくてもカトリック信者にとっ て、クリスマスの朝のミサに出ることも大事なことです。そしてミサのあと教会の庭でもパーティー があります。ジンバブエのえらい人々は、クリスマスの次の日のボクシングデー(クリスマスの翌日 クリスマスプレゼントの箱を人にあげるという意味)に、贈り物を交換し合うことも習慣になってい ます。クリスマスカードを交換し合うことも忘れてはなりません。自分の知っている人みんなからク リスマスカードをもらい、自分も出すのです。私のうちでも、毎年100通以上のクリスマスカードを受 け取り、また自分も同じくらいを送ります。
 ジンバブエではクリスマスは文化です。この3カ月間はすべての人々が、イエス・キリストの誕生 を祝うのです。カトリック教徒もそうでない人もみんな、新しい服装に身を包みワインとごちそうで 祝い、自分より少し幸運でない人々のことに思いをはせ、そして、自分たちの人生の口々の悩みを忘 れるのです。

注) ボクシングデー:クリスマスの翌日(使用人や郵便配達の人などにXmas boxを贈る日)

クダワシェ・ムテンダ  

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ルーマニアのクリスマス


 ルーマニアのクリスマスイブは、大忙しです。24日のお昼ごろから、家族全員で伝統料理を作り始めます。基本的には、豚を使った料理 です。私の故郷のモルドヴァ地方では、豚肉を使って、ピフティエ(煮凝りの一種)、トバ(ひき肉を使った料理)、スンジェレッテ(血の 入ったソーセージ)、カルタボシュ(米の入ったソーセージ)、レバール(太いソーセージ)、サルマーレ、ハム、ベーコンなどが作られます。 雌鶏のスープ、ボルシュ(小麦などの籾殻を水に入れて発酵させたもの)で酸味をつけたチョルバ、プルジョアレ、パイ、コゾナックなども有名です。 ぜひ、機会があったら食べてみてください。日本人の味覚にも、とても合うと思います。美味しいですよ。

 料理を作っ・ている問、子供たちは、1カ月ぐらい前から学校や教会で学んだ歌や詩を近所の家を訪ねて回り、窓やドアの前で披露します。 そのご褒美として、甘いお菓子やおこづかいを貰います。とてもかわいいです。
 日本では、クリスマスイブからクリスマスの朝にかけて、子供たちにとってはサンタクロースがプレゼントを持って来てくれる嬉しい日だと思いますが、 ルーマニアでは12月6日、教父聖ニコライ(Mos Nicolai ニコライおじさん)の日の前夜に両親が、子供が寝静まった後に子供の靴あるいは枕元にチョコレートやキャ ンディーを入れておきます。翌朝、子供たちは、それを見て大喜びです。子供たちの喜ぶ姿は、どこの国でも同じだと思います。
 25日には、家族みんなで教会に行きます。ミサの後には、遠方から来た親戚や友人が集まり、前日に用意した伝統料理を食べたり、お酒を飲んだりして一緒に楽しみます。 夕食後には、家族でそれぞれが持ち寄ったプレゼントをクリスマスツリーの下に置き、プレゼント交換をして楽しくて長い感謝の夜の終わりが来ます。

ピティカ・アウレリア  



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七五三祝福式

11月20日(日)



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サントニーニョ(幼子イエス)のお祝い

未来と希望である子どもたちへのかかわり


 “これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつも私の天の父の御顔を仰いでいるのである”(マタイ18・10)。

 サントニーニョの祝日にあたって、イエスが子どもたちの大切さを示したことを、私たちも考えてみましょう。
 フィリピンではいつも1月15日にサントニーニョのお祭りをします。これは、フィリピン独特のもので、サントニーニョの人形に農夫や猟師、兵士や消防士などの服を着せて、たいへん盛大に行われ、観光客にとっても呼び物になっています。
 このお祭りのことやサントニーニョへの信心を思い返すと、幼子イエスのことを二つの面から思い起こすことができます。ひとつは幼子イエスの顔に、小さな子どもたちの表情を見つけ、未来や希望を感じることです。お祭りは人の喜びを呼び覚まし、またイエスの神秘的な子ども時代を連想させます。そして、このことは私たち自身の中の子どもの面を呼び覚まし、新たな好奇心を起こさせてくれます。それによって私たちが神様への信頼とまったくの従順、謙遜などに気づくことは大切なことです。

 二つ目は、子どもの価値や大切さを呼び起こします。以前私はマニラでタクシーを待っているとき、ホームレスのカップルとその子どもたちがバス停の横で、新聞紙の上に寝ているのを見て、特別な体験をしました。彼らは寒く空腹なはずでした。このように子どもたちが毎日物乞いをし、いろいろなものをありとあらゆる路上で売っている風景はフィリピンでは日常茶飯事のことです。しかし、このときのこの瞬間、私にとってそれは全くいつもと異なる神体験だったのです。私たちにとって心苦しい光景、でもこれが私たちフィリピンの日常なのです。この貧しい限界状態におかれた人々を目の前にして、私たちに何が呼び覚まされるのしょうか。このことにどんな意味があるのでしょうか。

 世界中にいる移民とその家族の存在は否定することのできない事実です。多くの子どもが親と同居できずにいます。親たちは生活費を得るために外国やよその土地で働いているので、子どもたちは片親か親類の世話になるのです。当然ながら、子どもには目が届かなかったりケアが不足し、そしてその結果は、家族のきずなが崩壊していくのです。
 これは私たち皆にとっての試練です。“これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい”。イエスのこの言葉に私たちはどのように応えるべきでしょうか?
 高慢、不信、うぬぼれ、そういうものに自分が陥らないように、いつも自分自身を高め、子どものように純粋で無垢な心を保つようにしたいものです。そうすることによって、神様は私たちを常に回復させてくださり、導いてくださいます。


シスターアヴェリーノ  


2012年1月15日(日)14:30〜17:00
聖イグナチオ教会にてサントニーニョの祝日を祝います。
どうぞ皆さんご参加ください!

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成人という大きな節目を振り返って

2009.1.11. 成人祝いパーディー(本人左から2人目)  


 私が成人を迎えたのは、今から3年前のことです。待ちに待った成人式ミサ当日は、少し肌寒いけれどすっきりと晴れた空のきれいな日でした。慣れない振り袖に身を包み、やや緊張しながら教会へ足を踏み入れると、とても華やかな雰囲気で温かく迎えていただきました。嬉しいことに、小学生の時に通っていた土曜学校、中高生会、そして日曜学校のリーダーをやらせていただく間に出会った方々との再会だけではなく、成人式をきっかけに大勢の新成人が集い、新しい出会いもたくさんありました。

  また、ミサの中では、キャンドルの美しいあかりを見つめ、これまでに頂いた多くのお恵みに感謝しました。神父さまにも祝福をしていただき、神さまの惜しみないたくさんの愛をあらためて感じ、喜びに満たされました。そして、成人として新しい道を歩んでいく勇気をいただき、感謝と希望で心がいっぱいになったのを、今でもとてもよく覚えています。

あれから3年の月日が経ちました。今あらためて振り返ってみると、20歳という年齢は人生において大きな節目であったと思います。

高校を卒業し、大学へと進学していた私は、成人を迎えて社会へと羽ばたいていくために、様々なことと向き合い考えました。自分自身について、家族との関わり、社会の中での役割……そして将来について、特に深く考えました。自分と向き合う中で、私は今まで何不自由なく生活し、周りの環境にも恵まれ、たくさん幸せを感じて生きてきたことに気づきました。もちろん悩んだり、不安を感じたり、葛藤することもたくさんありました。それでも前を向いて、乗り越えていけたのは、どんな時でも神さまが私のそばにいてくださり、見守っていてくださったからだと思います。神さまのお恵みを忘れず、これからは多くの人々の幸せを願い、神さまの平和の道具となれるよう精いっぱい生きていこうと、強く心に決めました。今でもその気持ちに変わりはなく、成人を迎えることは人生において大きな節目であったと感じています。

 現在、私は大学で専門的に教育学を学んだことを生かし、児童指導の仕事をしています。尊敬できる職場の仲間にも恵まれ、可愛い子どもたちと楽しく賑やかな毎日を送っています。
 成人を迎えて心にした決意をまだまだ実現できていない未熟な私ですが、子どもたちに負けないくらいの元気と笑顔で、喜びを周りの人々に与えられるよう頑張っていきたいです。


マリア・ベルナデッタ 螺良【つぶら】 理沙( 青年会)  


《成人式ミサ》 2012年1月8日(日)16:50 受付開始
(新成人の方は17:30 頃までにお集りください。)
18:00 成人式ミサ 
19:20 成人祝いパーティー 
(20:45パーティー終了)

 今年度20歳を迎える新成人の方でしたら、どなたでもご参加いただけます。
 青年会一同、心を込めて準備しておりますので、ぜひ奮ってご参加ください!!

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歌いつづけて67年

聖チェチリア聖歌隊

 聖チェチリア聖歌隊は1945年故ゲッペルト神父によって創設され、今年創立67年を迎えます。
 ゲッペルト神父は長期間指導育成にあたられ、その後多くの良き指導者・指揮者に恵まれて、現在のチェチリア聖歌隊に育ってきました。
 現在隊員数は男女合わせて67名、指導司祭オチョア神父、常任指揮者に宮下  正氏(東京芸大声楽科卒。東京大学コールアカデミー、東京セイントアカデミー合唱団ほかの指導にも当たっている)、副指揮者に山口英良氏(福井ヴォーカルアンサンブルの指導にも当たっている)を迎え、練習に励んでいます。

現在の主な活動は
@ 主日10時のミサ奉仕。拝領の歌は主としてラテン語聖歌を歌う。
A 年に二回の主日(12月25日とあと一回)にラテン語ミサ曲を捧げる。
B チェチリアミサ;守護聖人チェチリアの記念と聖歌隊物故者の追悼のためにラテン語ミサ曲を捧げるミサを行う。
C チェチリアコンサートの開催:年に一回、ミサで捧げてきた聖歌夜の一部を披露し、来場の皆さんと聖歌を共に味わうコンサート。
 ラテン語ミサ曲を捧げることの多いのがチェチリア聖歌隊の特色ですが、日本の教会の中で最もインターナショナルなイグナチオ教会でラテン語ミサ曲を歌うことは意義あることだと思っています。 

 創始者ゲッペルト神父のモットーは「主に歌え(Cantate Domino)」、「歌による祈りの精神を大切にせよ」であったと伝えられています。私たちはこのモットーを大切にし、祈りを深め、技術を高め、イグナチオ教会にふさわしい聖歌隊たるべく、これからも努力してまいりたいと思っております。

 なおチェチリアコンサートは今年10回目の節目を迎えます。今回は、東日本大震災支援チャリティーコンサートとし、専門家のソロ・器楽奏者を迎え、下記のような記念演奏会にしたいと張り切っています。皆様のご来場を心からお待ちしています。


【 東日本大震災支援チャリティー
  第10回記念チェチリアコンサート 】

日時: 2012年2月11日(土・祝)14:30分開演
場所: 聖イグナチオ教会主聖堂
プログラム:
モーツアルト「ミサ曲ニ長調(KV194)」 グノー「ミサ曲第7番」
小品集−バッハ・グノー・アヴェマリア他
オルガン演奏、弦楽演奏
指揮: 宮下 正 山口英良
演奏: (合唱)チェチリア聖歌隊(オルガン)浅井寛子(弦楽) カンマーコレーゲン(sop)今沢佑紀(alt)池上由希子(ten)大野彰展(bas)松本友経
入場無料
〔募金箱あり−募金を東日本大震災支援に寄付します〕

チェチリア聖歌隊 笹井輝雄  

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神様のために仕事をしたい

【病を得て】
 ブラジルで秘書として働いていた会社で、エンジニアだった夫と2年間付き合った後、27年前、日本に来て結婚した。吉浦神父様の司式でポルトガル語と日本語で結婚式ができ、私は、神様に本当に祝福されていると思った。
 ちょうど、7年前、43歳の時、大量の出血と関節と体中の痛みで医者に行き、2年間の薬での治療後、深い暗闇に入り、「死にたい。死にたい。死にたい」と思うようになった。何で急に死にたくなったか、暗闇に入ったかは解らない。教会に行って、神父様に相談した。神父様に、「あなたは、鬱だよ。精神科に行きなさい」と言われ、「あなたのために祈ってあげる」と神父様に言ってもらいたかった私は、神様ではなく精神科に行けと言われたからがっかりした。医者に行き、女性ホルモンが非常に低く、うつ病と言われた。1年ちょっと精神科に通い3〜4種類の薬を夜だけ飲むように処方された。
 私が病気になった同時期に14歳の娘が拒食症で8キロ痩せた。2ヵ月後に、夫も倒れ、そこで私は神様に、「神様、こんなに同時に苦しんで、私は何をしたっていうの」と言った。今まで私は、いつも人を励ましていた側だったのが、励まされる番になってしまった。暗くなり、生きる喜びもなく、死にたい、死にたいと思うようになってしまった。

【気づき】
 毎週金曜日にパンと水だけの断食を始めた。神様の「今まであなたにすべてをあげたのに、あなたは一つも感謝しなかった。よい人と結婚して、贅沢な暮らしをしているのに」という声が聞こえた。毎週、違う気づきがあった。私は若い時から毎週教会にいき、神様から祝福され、恵みを頂いている。結婚も反対されず、夫も優しいし、健康な子どもも生まれ、お金もあった。しかし、私は、いつも不満と不平ばかりで、感謝しなかった。そして、「神様、ごめんなさい。ごめんなさい」と、3日間ずっと泣いた。神様は、「泣くのではない。私のために働きなさい」と。

 私は、マザー・テレサと同じ18歳の時に、ブラジルの古い教会で神様の声を聞いた。結婚をしていても神様の仕事ができるから、シスターではなく、私は結婚を選んだ。日本に来た時に、神様を忘れた。女性が惹かれる物や貴金属を買い、お金を使い、物で幸せになろうと思ってしまった。買う一瞬の喜び、その後の心の空しさ。

18歳の時に、貧しい人のために働くように神様に呼ばれたことを忘れていた。家の中はむちゃくちゃ、夫は倒れるし、娘も拒食症になるし、私は何をすればよいの? まず、教会に行って、ミサに出て、ご聖体を頂く。断食を毎週のように続けて、神様に感謝する。不平と不満を言わず、私は神様のために仕事をしたい。

 3年間は自殺願望、どういうふうに死ねばよいか? その時、「早くやりなさい」という声が聞こえた。と同時に、「家族のことを思い出してごらん。悲しむだろう。あなたの体はあなたの物だけではないのだよ」と、神様か天使の声が本当に聞こえた。私は小さい時から、自殺は一番いけないことと教わってきた。もう1回この世に戻れないので、生きている間に神様にお赦しを頂かなければいけない。私は怖くなって自殺を止めた。自殺願望に堪えられなくなった時、月1回の癒しのミサに行った。神父様に祝福していただき「サタン、出て行け」と言われた。ふーっとすっきりした。毎回していただいた。私は毎朝のミサ、お年寄りのためのヘルパーなどの仕事をして、以前ほど自殺を考えなくなり、よく祈り、断食も続けている。毎日のミサと生きているみ言葉で強められる。すべてを神様に献げ、自分は人のために役立つと、そうすれば自分に自信が戻り、自殺願望がなくなっていくことに気づいた。

【証し】
 拒食症で5年間苦しんだ娘のために、「どうか私の娘を助けてください」とマリア様に祈った。1ヵ月で2kg体重が増えた。奇跡。今、少しずつ体重が増えている。私の証しは、主婦は夫や子どもがいても、神様の立派な仕事ができる。貧しい人のために働くと、一人ひとりのなかに神様がいる。それが私の証し。
 3年前に小さい時からの夢、イエス様が過ごされたエルサレムに行った。罪深い私たちのために死んでくださった。いや死んでいない、復活して共にいてくださることを身近に感じた。私の信仰は死んでいた信仰。半分は信じていたけれど、自分の目で見ていなかったから疑っていた。いろいろな苦しみを受けたから、今は、疑いはない。100パーセント神様を信じ、神様は一人ひとりの心の中に共にいる。

松原 グレース  

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「私には日本に居場所はないのでしょうか」

 私は、2001年に留学生として中国から日本に来ました。留学生活を通して日本のことが好きになり、卒業後は日本国内に就職を決めました。仕事の関係で元夫と知り合い、昨年7月に入籍し東京の近くの県で新しい生活を始めました。しかし結婚生活はうまくいきませんでした。夫から暴力を振るわれ、顔や体中があざだらけでした。友人にも恥ずかしくて話せなくて、近所のスーパー以外は外出することもできなくなりました。精神的にもとても苦痛になり、このままでは自分がおかしくなりそうで、この4月に東京に逃げてきました。所持金も尽きたころ、知り合いの紹介で福祉事務所を訪ねて相談し、生活保護を受けることになりました。

 私がこのシェルターに来ることになったのは突然のことで、予期せぬ出来事でした。何の前ぶれもなく、私のビザが切れる当日に担当の人から生活保護の廃止と施設の退室命令を同時に言われました。目の前がまっくらでした。あまりにも突然だったため1日くらい退室の準備時間をお願いしましたが、余儀なく断られました。その日の17時までには出ていってくださいとのことでした。行くあてもなく、わらにもすがる思いで前に何度かミサに行ったことのある聖イグナチオ教会に電話をかけました。ヴィタリ神父様から即答で「こちらに来なさい」と返事をいただきました。そして生活相談室を紹介され、その夜から、私をシェルターに案内してくださいました。たった1本の電話で、たった一言で何も聞かず、何も言わず私を受け入れてくださいました。本当にありがとうございました。 

 そのシェルターの部屋はリフォームしたばかりのようで、冷蔵庫、炊飯器などの電気製品から食器、調理器具まで、すべてが新品でした。おかげさまで、私は安心して何不自由なく生活できるようになりました、春に逃げてきたので全く冬の衣類がないところ、冬着まで教会の有志の方にたくさん調達していただきました。
 生活面だけでなく、私の希望についても親身になってお聞きくださり、私が日本に在留できるように尽力をつくしてくださいました。その効果があって先日、入国管理局から短期滞在の資格をいただきました。今は生活相談室のご意見も聞きながら就職活動を行っています。

 私は日本で生活して10年以上経ちました。仕事などを通して日本人や日本文化に触れるようになり、ますます日本に魅力を感じています。とても日本で暮らしたい気持ちが強いです。10年間、私の主な言語手段は日本語でした。いまや日本語なしではまともに話せないくらいです。思考や生活スタイルもすっかり日本に馴染んでいて、日本を離れて生活することが想像できません。できることなら日本国内で働きながら生活していきたいと強く思っています。
 どうか私が日本で自立した生活ができるように皆様のご支援をよろしくお願いいたします。

Y・R (36歳)  


 上記の短期滞在は異例に認められたもので、当初は弁護士も入国管理局も外国人の相談窓口も延長は難しいと言ってましたが、本当に奇跡的に3ヵ月の短期滞在が認められました。しかし厳しい現実は変わりなく2012年2月15日までに彼女が留学で学んだ不動産関係の会社かまたは中国と取引のある会社に就職できなければビザの更新は難しいのです。彼女の手記をお読みになった方で上記に該当する会社の情報をご存じのかたは下記へご連絡ください。
 手記の中のシェルターとはIMA緊急シェルターのことです。IMA緊急シェルターは聖イグナチオ教会が緊急なケースに対応するために提携している施設で、2年間はカリタスジャバンの支援で提携料を支払ってきました。今後は教会での寄付やミニバザーの収益で賄っていきます。
 《連絡先》 〒102−0083 千代田区麹町6-5-1 聖イグナチオ教会 生活相談室 03−3263−4584

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「ECO・Cap を集めよう遊子(ゆうし)」から

皆様に感謝!!

 ECO・Capへの皆様のご協力誠にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。  皆様のご協力のおかげで今まで(2011年9月26日現在)、私たち聖イグナチオ教会から累計で312.8人分のワクチンを送ることができました。そして、CO 累計1,970kgの発生を防げたのです。
 2011年の3月に「MAGIS」に出していただいてから9月までの7カ月の間に193人分もの子どもたちに送ることができ、CO 1,215kgの発生を防げました。

 月曜日にカレーの会に来る方にも「ECO・Capを集めて、持ってきてください」と呼びかけると、何人かの方たちが集めてきてくださるようになりました。Yさんは、数人の仲間たちと都内の数箇所の公園を回ってペットボトルからCapを仕分けして、洗い、個数とキロ数を調べ、ビニール袋に入れて持ってきてくださるのです。Yさんは腰痛もあるそうなのですが、「見知らぬ国の子どもたちが助かれば」という思いが湧き上がり、今ではこの活動が生きがいになっているとのこと。

 教会から遠くの方が、ご近所の方々が集めたCapをたくさん車で運んでくださる。この方は、ご自分の自販機をECO・Capに有利になるように変えてくださったのです。

 ご協力くださる方々、お一人おひとりの上に神様の御慈しみ、ご加護、お恵みがありますようにいつもお祈りしています。

 教会内のゴミ箱にペットボトルの中身が残ったままのを捨てる方、Capを入れる器が自販機横の元吸い殻入れなので、時々吸い殻やその他いろいろな物が入っています。どうぞお気をつけてください。

 誰でも「遊子」になれます。家のCapを持ってきたり、知人に呼びかけたり……。  行動すること、続けること、広めること。皆さんも「遊子」になりませんか。

 詳しくは次のホームページ参照 http://ecocap007.com

梅沢美代子  


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